大森駅ホームの柱
今日は仕事で大森へ行っていました。
大森といって思い浮かぶのは(今回は谷山浩子ネタを書いてみようと思います)、谷山さんのもっとも古い記憶の場所が、実は大森駅だったという話でしょうか。
もうずいぶん古い本になってしまいますが、谷山さんのエッセイ集「悪魔祓いの浩子さん」で書かれていた思い出話です。京浜東北線の南行電車で蒲田で降りるはずが、当時二才の浩子さんが勘違いして大森駅で降りてしまい、親と離れ離れになってしまった…という話です。
駅員さんがやってきて、「お菓子をあげるから」という言葉でホーム事務室に誘…じゃなくて保護されて、やがて戻ってきた親と再会できたわけです。…しかし、「結局お菓子をくれなかった」のが原因で、いつまでも記憶に残りつづけ、結局谷山さんの一番古い記憶となってしまった…。いやはや、食べ物の恨みと言うのは恐ろしいです(苦笑)。
「谷山浩子データベース」ページに「谷山浩子関連 巡礼の地」というリストが載っていますが、ここには大森駅は載っていないですね…。後で、管理人の花田さんに連絡とってみようかな…。
今の大森駅、両側をビルで囲まれていたり、発着する電車がみんなステンレスの209系になっていたり(浩子さんの二歳の頃だと茶色の63形かなぁ)。当然のことながら数十年の間にすっかり面影は変わってしまったわけですが…。
でも、ホームの屋根の柱。これだけはどう見ても、数十年間同じ物を使っているように思えてなりません。角材を組んで作られた、かなり古めかしいデザインのものだったりします。
泣いていた幼い浩子さんを見守っていたかも知れない木の柱…これだけが、当時のまま残っている唯一のものなのかも…。

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