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2015.02.27

小田原城の豆汽車のこと

おとといの記事で書いた、夜の小田原城散歩の話…。あの記事でも少し書きましたが、小田原城址公園にある「こども遊園地」の豆汽車、私にとっては懐かしい思い出がある汽車でした。
といっても、この豆汽車、乗ったことも姿を見たこともありませんでした(おとといの再訪までは)。
小学校低学年の頃に小田原城へ遠足で行ったとき、豆汽車に乗る予定になっていたのに時間が足りなくなって乗れなかったという、低学年の子供にとっては実に実に苦くて寂しくて悲しい思い出だったので…。

その後、「史跡に遊園地や動物園があるのは好ましくない」という理由で撤去が検討されている…とテレビのニュースで報じられているのを見て、ちょっと寂しい気持ちになった記憶もあります。
それ故、おとといは久しぶりに小田原城を訪れて、豆汽車が健在なのを知って、そして実際に線路や踏切など見て、嬉しい気持ちになったものでした。

でも、どうして小田原城に豆汽車があるんだろう…。

そう疑問に感じたのでググって調べてみたところ、実はこの豆汽車、60年以上も前の1950年に出来たものだそうです。

http://ashigaranet.com/html/3/201310/2013102503.html

戦後復興の真っ最中の時期、小田原城址で「こども文化博覧会」が開かれたときに出来たようです。
さらに小田原城址公園のことを調べていくと、

・博覧会にやってきたゾウの「ウメ子」が博覧会後も小田原市に引き取られ、ずっと小田原城で過ごしてきたこと
・10年後の1960年に鉄筋コンクリートの天守閣が出来たこと
・「史跡に遊園地や動物園は云々」と指摘したのは1970年代の文化庁だったこと
・1990年代に「ゾウの飼育環境が劣悪」と指摘されて問題になったこと
・2009年に「ウメ子」が大往生を遂げ、多くの人々が追悼したこと
・現在、天守閣を木造で作り直そうという市民運動が起きていること

…これらの出来事を時系列で見ていて思ったのは、「正しいこと、良いこと、最善のことというのは、時代によって変わっていくんだな…」という感想でした。
おそらく、1950年という時代に小田原城址で博覧会を開いてゾウを呼んだり豆汽車を作ったことも、1970年代に「動物園や遊園地はふさわしくない」と批判されたのも、それぞれの時代にはそれぞれ正しいことだったのでしょう。
そして、現在正しいことは…?
豆汽車に関して言えば、もう「史跡には好ましくない」という単純な理由だけで存廃を論じられないんじゃないか、と思います。何しろ、この豆汽車、既に60年以上親しまれているのですから…。

そして…もう一つ強調したいことは…

そんな色々なことを、実際に現地を巡って考えるきっかけを与えてくれた…という点で、やはりIngressというゲームは大変なものだと思います。
(おとといの記事ではわざと伏せていましたが、実はあの「夜の小田原城散歩」は、Ingressのミッションを楽しんでいたのでした。ええ、いいミッションだったと思います)

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