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2016.04.10

「新日本奇行」から20年

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関宿城と桜(立体写真・平行法)

昨夜は、菖蒲パーキングエリアにてブログ記事をアップした後、圏央道経由でひたすら運転。途中でコインランドリーにも立ち寄って、午前0時ちょっと前に自宅へと無事に帰り着きました。
そして今日は…さすがに昨日の疲れが出て腕も足腰も背中もちょっと痛くなり…自宅でのんびり過ごしました。(昨日はそれなりに散財したので、今日はおとなしく…という意味もあって…)

昨日の関宿城まつりでは、Ingressのイベントを楽しんだだけでなく、立体カメラを持参していろいろと立体撮影を試みました。
特に、たまたま火縄銃の実演を目の前にしたときは…物凄い音に少々驚きながらも、とにかく立体カメラを向けて撮ってみました。本当は、煙がもくもくと漂う様子が立体に撮れればよかったのですが、ちょっと難しかったかも…。

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関宿城まつりでの火縄銃の実演(立体写真・平行法)

さて、今回の関宿城への日帰り旅行ですが…。関宿城に行ったのはおそらく4回目くらいになります。
最初に行ったのは1996年の2月でした。そのときの印象が何とも強くて、それ以来、機会があると再訪していました。昨日も関宿城の周辺を歩きながら、20年前のことを懐かしく思い出していたものです…。

あの頃、私は所属サークルの月刊の会誌に「新日本奇行」という名前で旅行記やエッセイなどを連載していました。なぜ「紀行」ではなく「奇行」かというと、これは自分の旅行をもっと自由にするために考え出した工夫でした。

・自分の旅行は、もっと自分の興味や好奇心に素直なものでありたい
・しかし、世間一般的な「旅行」の常識や固定観念についつい縛られ、自由な旅行というのはなかなか難しい
・そこで、自分の旅行をあえて奇行と名乗れば、「旅行」の常識や固定観念から解放されるかも知れない

そんな考え方だったものです。だから、実際に行ったのが「奇行」になったかどうかは、実はあまり問題ではありませんでした。
この「新日本奇行」を始めた頃、最初に行った場所は、滋賀県の琵琶湖にある島の「沖島」や、東京・日本橋周辺の地方銀行東京支店巡り、そして千葉県最北端の関宿城などでした。
特に、利根川と江戸川の分岐点を見たくなって、関宿に行ったときの印象は鮮やかでした。
2月の快晴の空に聳える、出来たばかりの関宿城博物館。真新しい城の姿を目印に河川敷を歩き、利根川と江戸川の分岐する間際、「岬」のような場所まで行き、大きな川が左右に分かれていくのを目の前にして…。あの場所では軽く興奮を覚え、周囲に人がいなかったこともあって、川に向かって叫び声を上げてみたものです。また、「岬」から堤防に戻った後に関宿城博物館を見学したら、小規模ながらも非常に勉強になる内容で、これも印象に残っています。
そんなこんな、関宿は「新日本奇行」というアイデアを思いつかなければ、たぶん行かなかったであろう場所でした。そして、好奇心を満たしただけでなく、さらに追加で好奇心をかき立てられた場所でもあり…。

大げさな言い方になりますが、私の旅行、そして旅行だけでなくライフスタイル全般が「好奇心ドリブン」へと変わっていった、そのきっかけが関宿城だったのです。

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20年前に撮った関宿城博物館の写真

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江戸川と利根川が目の前で分岐する「岬」

あれから20年。
今時の私は、Ingressが(正直ちょっと飽きてきたものの)生活の一部に組み込まれたような状態で、細く長く続いています。そんな折、関宿城でIngressのイベントが開催されると知ったときは、「これも何かの縁かなあ」と何となく感じて、迷うことなく参加のボタンを押しました。

ところで、昨日は、Ingressのミッションのために田んぼの中の道を歩きながら、ふとこんなことを思いました…

「最近は『自分の好奇心に素直になる』ことを、また少し忘れかけてるかもしれない…」

そうだ、初心に帰ろうと、菜の花と桜に囲まれた関宿城博物館を見上げながら決意したのでした…。

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