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2021.11.16

25年ぶりの「房総島の最北端」

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おととい14日の日曜日に行ってきた北関東日帰りクルマ旅。今日はその思い出話を書こうかなと思います。

上の写真は、今回の最初の目的地…。関東平野の真ん中で利根川と江戸川が分岐する、その先端部です。写真奥から流れてきた利根川が、東京湾に向かう江戸川(左)と、太平洋に向かう利根川(右)に分かれています。
房総半島は江戸川と利根川と海に囲まれており、水面を渡らなければ到達できない、言わば「房総島」とも解釈できます。その「房総島」の最北端が、この関宿にある「岬」状の場所です。
写真で見ると(ソニーのXPERIAのカメラは優秀なので)非常に綺麗に撮れていますが、実際に水面を見ると、水質はそこまで綺麗ではありません。もっとも、どぶ川というほどの汚さでもありません。あと、ちょっと意外だったのは、水の流れは上流側(写真奥)からではなく、左から右。まるで江戸川から利根川に水が流れているような感じでした。

この「最北端の岬」。私がここに来たのは25年ぶりでした。
前回は1996年の2月。当時はまだ珍しかったデジタルカメラを持参し、この風景を撮ったものです。

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デジタルカメラの25年の進歩は凄いですね…。あと、当時は砂が高く堆積していたようです。(私の足跡が写っています)
何故、25年前にここに行ったのかですが…、5年前に関宿を再訪したときのブログ記事に詳しく書きました(なお、この時は関宿城博物館には行ったものの、この最先端の場所には行きませんでした)。
当時の私は今と同様に旅行好きでしたが、若者から中年への転換期だったためか(?)、「旅行」の常識や固定観念から解放された旅行をしたいと意気込んでいたものです。その試みとして訪れた場所の一つが、この「利根川と江戸川が分岐する場所」でした。
それゆえ、この場所は私にとっては、自分史の中で、ある種の転換点となった場所の一つでもあるのです…。

関宿城博物館の前の堤防を降りてから、河川敷の中を行く砂利道を約1キロ。ちょっとデコボコがひどくて歩きにくい場所もありましたが、両側をススキに挟まれた道をひたすら歩いて、無事に「岬」まで到達することができました。
もし立入禁止になっていたら素直に諦めて引き返そうと考えていましたが、特に立入禁止の札などはありませんでした。道の途中に鉄製の門がありましたが、半開きの状態で鎖で固定されています。四輪車の進入は防ぎつつ、自転車や徒歩なら通れるようにしてある様子でした。
もちろん、観光地でも何でもない「岬」ですから、他に人影はありません。…と書きたいところですが、道を進む間に2人の釣り人の自転車とすれ違いました。あと、川を眺めていると、利根川の上流から家族連れと思しきカヌーの一行が川を下ってきて、銚子方面へと去っていきました。
それでも、カヌーが去った後は本当に自分だけです。しばらくの間、川を眺めて25年前を思い出したり、この風景の写真を撮ったりして過ごしました。天気は快晴。青い空の中で、ラジコン飛行機が軽やかな音を立てて曲芸飛行していました。

30分くらい過ごしたでしょうか。ちょっと名残惜しい気持ちになりながら、来た道を引き返して関宿城博物館まで戻ることにしました。「この場所にまた来ることはあるだろうか…?」などと考えつつ、ススキに囲まれた道を、博物館の天守閣に向かって歩いていきます。
20分くらい歩いてようやく博物館に到着。この博物館も久しぶりです。展望台(天守閣)から景色を眺めたり、特別展をじっくり見たりして過ごしました。

今回の「房総島の最北端に再訪」、私がもっとも痛感したのは、年を取って冒険心が減ってしまったのかな…ということでした。
25年前の自分は、関宿城博物館から「岬」の先端までの1キロを、ほとんど躊躇せずにさくさくと進んでいった筈です。しかし、今の自分は、この1キロの未舗装路を前にして「本当に歩いても大丈夫かな…」と不安になり、つい引き返したくなってしまう…。「25年前は平気で歩いたでしょ?」と自分に言い聞かせながら歩いたものです。
あの頃の冒険心、そして「自分しか興味を持たない場所でも平気で行きたい」という気持ち。今でもなお、取り戻すことができますでしょうか…??

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